満開の桜の下で

2012-04-17-Tue-17:05
今朝アトム王子を朝一番で火葬。立ち会いだったんで直ぐにお骨は手元に。
息を引き取る瞬間が最初の別れで荼毘に付す時は姿が無くなる二度目の別れ。
辛いね。遺体を何時までも傍に置いておく事なんて出来ないけど
もう二度と抱締める事も撫でる事も出来ないと思うと胸が潰れそうだった。

火葬場の方が骨の部位の説明をしながら一緒にお骨を骨壺に納めるんだけど
喉仏(第二頸骨)の由来は仏様が座禅を組んでる様に見えるからって事は知ってた。
でペットの火葬で綺麗な形のまま残ってる場合は飼い主さんに
"有難う" と手を合わせてるんだとか。アトム王子の第二頸骨は欠ける事なく
正に仏様が手を合わせてる様に見えた。慰めだとしても救われた瞬間で
堪えてた涙が止まらなくなってしまった。

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闘病生活は約2ヶ月。長かったのか短かったのか。
異変が起きた2月から坂を転げ落ちる様に弱っていったアトム王子。
私は傍に居てやる事しか出来ず本当に何もしてあげられなかった。
でも残り僅かな時間、仕事も辞め一緒に過ごした事は間違いじゃなかったと思う。

15日、何も食べなくなって丁度一週間。
此の2~3日は呼吸困難も起きて眠る事も出来ず常にハァハァしてた。
それでもアトム王子は強かったんだよ。当日の朝だって遊歩道へ行ったし。
先生も凄く強い精神力で生きてるんだろうって言ってた。
きっとアトム王子は私の事が心配でたまらなかったんだと思う。
自分が居なくなったらママはどうするの?って。
だからどんなに苦しくても "一緒に行くよ" ってハァハァしながら着いて来て…
だけど15日の夕方になって急変。上手く呼吸が出来なくなって苦しみ出した。
常に優しく私の見つめ続けてくれた瞳が一瞬
"ママ、苦しいよ。助けてよ" ってそう訴えたんだよ。

腎臓腫瘍の疑いを告げられた時から決めてた決断。
実は想像もしなかったアトム王子の強さに考えがブレ始めてた。
その位アトム王子は強くて最期迄よく頑張り続けたんだ。

でも王子、、、もう頑張らなくていいよ。有難う。

彼は私の腕の中で私に抱締められながら旅立って行った。
ソレ迄の苦しさから嘘の様に解放され正に眠る様にスっと…

今迄アトム王子の闘病生活の記事を限定公開にしてたのは
こう言う事には人それぞれ色々な意見があると思うので。(※現在は公開)
私自身も決断が正しかったのかは判らない。悔いが無いと言えば嘘になる。
でもその時に迷いは無かった。ソレは一刻も早く彼を苦しみから救いたかったから。
正直な話、何もしなければ1~2日は命が延びてたかもしれない。
だけど此の先、病が完治する事も無ければ再び元気に戻る事は二度と無い。
ハッキリとしてるのは確実に症状が進んで行きもっもっと苦しむ事だ。
此の数ヶ月間、傍に居て苦しむ姿を見守る他に何も出来ない私が
親として最後に出来る事はアトム王子を楽にしてあげる事だと思った。
もがき苦しむ時間を長引かせない事だと…

幼い頃から常に動物の居る環境で育った私は今迄幾つもの別れを経験している。
近い所で言えば5年前に旅立った大翼とLeopon。
発症した疾病はそれぞれ異なるが最終的に胸水が溜まり呼吸困難の末亡くなった。
空気が吸えない苦しみは壮絶だ。私自身も呼吸器の病を患った経験があるので
その苦しさや辛さは痛い程に想像が出来た。胸水こそ溜まっていなかったものの
腫瘍で埋め尽くされた肺の中には僅かな隙間しかなくアトム王子も同じだと思う。
看取る事が出来ず病院で独り亡くなってしまった大チン。
最期に立ち会う事は出来たが苦しんで苦しんで逝かせてしまったPon。
亡くした時期が近い事もあり彼等に対して残した後悔は大きかった。
そんな経緯から腫瘍の疑いを告げられた時にアトム王子の最期は腕の中で看取ろう。
私の傍で私が見守りながら逝かせてあげようと心に決め言葉通りになった。

何度も言うけど悔いが無いと言ったら嘘になる。
大翼とLeoponに沢山の後悔を残したからとアトム王子は違った選択をして
自分に出来る全てを尽くしたつもりでも後悔が残らない事はなかった。
今は彼が居なくなった寂しさと喪失感で何をどうして行けばいいのか…
彼の存在は私の中で大きくなり過ぎてしまったみたいで辛くてたまらない。

アトム王子 R・I・P

2009年の4月 満開の桜の下で…

満開の桜をバックにあくびをするアトム王子。
3年前の4月、お花見の時に撮った物で凄く好きな写真。
当たり前だけど此の3年後の春に逝っちゃうなんて此の時は想像もしなかったな。

桜の咲く頃。大翼が逝った春に少し遅れてアトムも逝く。
私の中で春は凄く凄く悲しい季節になっちゃったね。


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